2003/07/20 (日)
●西表島 干立豊年祭 19日の古見の豊年祭は結局体調悪くて行けませんでした。(泣)というわけで20日に干立(ほしだて)の豊年祭に行ってきました。干立は西表西部の古い集落のひとつで、節祭で有名です。3〜4年前に隣のこれまた古い集落である祖内の豊年祭を見に行ったのですが、そことあまり変わらないと聞きつつも小さな集落の素朴な祭を見てみたくて訪れました。豊年祭は八重山地域では「プーリィ」と呼ばれ、たいがいは御嶽(おん)での儀式「オンプール」(収穫を神に感謝する)と集落内での儀式「ムラプール」(来年の豊作を祈願する)を行います。干立では「プリヨイ」と「アサヨイ」と呼ばれています。私が訪れた日は「アサヨイ」の日でした。集落内では朝から祭で使う大縄を青年会が編んでいます。この大綱を使った綱引きで、来年の年を占うのです。この綱引きの時はその場にいる観光客もみんなが参加してよいことになっているのです。綱引きは沖縄本島でも見られ、ここ八重山でも石垣四箇字の豊年祭、西表の干立・祖内などいろんなところで見られます。他豊年祭でハーリー(船漕ぎ神事)を行うところや、ニロー神のアカマタ・クロマタを奉るところなど3種類ほどの形式があるようです。アサヨイは午後三時から御嶽での神事が始まり、六時には元家(御嶽創始者の家)での神事が始まり謡や供物や酒の奉納を行います。延々と謡われる神への感謝と祈願の謡は、徐々に暗くなる西表の熱帯の森の中に溶け込んでいきました。すっかりあたりは暗くなり、闇夜にオオコウモリが舞いフクロウの声が聞えるころツカサ(神女)たちが神様を連れて集落の中心にやってきます。人々はガーリを行い神を呼ぶ喜びを全身で表現します。子ども会の子供みこしの奉納が行われ、いよいよ大綱引きが始まります。まず、二つに分かれた雄綱と雌綱を結ぶ儀式が始まります。村のアンマー(お母さん)が棒を持って、二つの綱を引き寄せます。引き寄せた綱の先にある輪を絡ませ、それに棒を差し込むのです。豊穣の行為を意味するようです。しっかり結ばれた綱の上を綱の両側から、人々が担ぐ種籾を持った神様の乗った板と、それを受け取る人が乗った板が中央で向かい合い、神からこの一年の種籾が授けられます。どちらも小さな子供たちが大役をこなし、ほほえましい光景でした。そしていよいよ綱を引いてこの一年を占います。西が勝つと豊作になると言われなるべく西が勝つようにしていたようですが、最近は農業を主に行う人が減りどちらが勝ってもよいように決められているようです。干立では豊作と子孫繁栄が占いの対象のようでした。私は子孫繁栄側でした。ここ何年かこちら側は勝っていないので、がんばってほしいと発破をかけられやる気満々、汗だくだくでがんばりました。来年はきっと子供たちが増えていることでしょう・・・(謎)
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