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2003/08/12 (火)


高山の写真

寮の部屋から見た景色

サマースクール
いやー沖縄を台風に捕まる寸前に逃げ出し、次の日には岐阜は高山に木工のサマースクールに行ってきました。場所は高山駅から車で12-3分の山の中、足がなければ身動きのつかないところにまる4日おったもんで、もちろん電車で行ったわたくしは動きようもなくみっちり作業に没頭したんでありました。学校の寮に滞在して朝から夕方まで講座があるので、久々に学生気分を味わいました。台風は私を追いかけてきて(?)3日間はなんだか雨ばかりでした。時々晴れる感じで、作業は涼しくてしやすかったんだけどほんと寮から一歩も出られず、4日目の10日にやっとこさ学校のまわりをお散歩することができました。寮の窓からいつも見ていて気になっていた鎮守の森(と勝手に決めていた)に行ってみるかーと歩き出したんだけど、思った以上に遠くてその時は断念・・・(汗)最終日の朝早く起きて行くぞーと思って6時頃目覚めたら大雨降ってました・・・。

完成作品

高山のうまいもん1
最終日は半日ほど時間があったので高山観光ということにしました。高山には6-7年前に一度来ているので観光地はほとんど訪れたんだけど、今回のように雨の高山は初めてなのでのんびりと散歩の気分で回りました。特にこんな天気の悪いときは食べ物!って感じやんね。雨のしっとりと落ち着いた国分寺でご本尊を拝み、大銀杏にみとれ、タクシーの運転手さんからリサーチしておいたラーメン屋さんに行きました。ここ高山はなぜか中華のお店、ラーメンのお店が目につくほど多く「高山ラーメン」ということで有名らしいのですが(私は今回寮で小耳にはさんで初めて知りました)タクシーのおじさんが言うには醤油のあっさりラーメンが特徴とのこと。おじさんに教えてもらった「まさご」という店は地元の人がよく行く店で、先代のおじいちゃんが(現在90歳以上)橋のたもとで屋台ラーメンを始めたのが始まりの年季の入ったラーメン屋さんだそうです。店を探し探し路地を歩くと、ありました。しかし、地元の人が・・・というのに観光客の長い行列が・・・。食べ物の情報っつーのはそうそう隠せるもんではないですよね。おいしいところなら当然と言えば当然。いつもは並ぶのが大嫌いな私も後ろに並ぶことにしました。お店は20人ばかり入ればいっぱいの小ささで、店構えも年季入ってます。メニューはラーメンの並と大だけ。少し待ってありつけました。一言で言って私好みの味でした。おいしかった〜〜〜。濃いめのしょうゆ味で、麺は自家製の細くて平たく縮れた麺で、よくスープが絡みます。作るときに入れるコショウがかなりピリッと効いてます。うーーー白ご飯が欲しい!お汁をかけてザクザクと食べればおいしいだろなあ・・・ゴクッわたしはシナチクあんまり好きじゃないんだけど余分な味付けがあまり無くて歯ごたえよくておいしかったです。汁もぜーーーんぶ食べてしまいました。ごちそうさま。

二木酒造の店構え

高山のうまいもん2
そして私はまさごの方に二木酒造の場所を聞いて、そこを目指して古い街並みの方へと行きました。二木酒造の大吟醸純米酒「氷室」は前に高山に来た時地元の人に酒席で振る舞われ、その口当たりの良さと旨みにうっとりとした酒でした。その時は買うことができず、今回こそは買って帰る!と思っていたのでした。そこまでの道々、高山刺し子を物色し、さるぼぼを買い漁り、飛騨牛の串焼きをほおばりほおばり向かいます。二木酒造の建物も100年ぐらい経った太い梁のりっぱな建物でした。氷室は生酒なので、帰ったら冷蔵庫で保管するようにと教えられ、お目当ての酒を手に入れたわたしはホクホクと抱きかかえて帰ったのでした。さてそろそろ高山もさよならかと思って駅に向かうと、行きにちょっと気になった看板の「生ソバ」の文字。昭和初期風のソバ屋の前を通りかかり、小腹も空いていたのでこれは食べねばと立ち寄って行きました。いやいや、これは大正解でした。おいしかった〜〜〜。店構えはなんちゅうかボロい・・・い・いえいえ年季もので(汗)観光地特有の値段の高さにちょっと嫌気が差していた私には普通の値段のこのお店がなんだかとっても地元に根ざしてる感じがして、ホッとできたのでした。ソバはやっぱり生ソバで、少しザラッとした食感がありました。コシがあって汁もあっさりだし味。一味を入れるとなんともうまさ倍増で・・・。ここではご飯、注文しましたとも!そりゃもう!自家製キュウリの漬け物も夏特有のぶっといやつで、シャクシャクうまいうまい。最後は、お行儀は悪いけれど、お汁ぶっかけてザクザク戴きました。はーーー高山万歳。
二木酒造

おいしかった蕎麦屋


2003/07/20 (日)

西表島 干立豊年祭
19日の古見の豊年祭は結局体調悪くて行けませんでした。(泣)というわけで20日に干立(ほしだて)の豊年祭に行ってきました。干立は西表西部の古い集落のひとつで、節祭で有名です。3〜4年前に隣のこれまた古い集落である祖内の豊年祭を見に行ったのですが、そことあまり変わらないと聞きつつも小さな集落の素朴な祭を見てみたくて訪れました。豊年祭は八重山地域では「プーリィ」と呼ばれ、たいがいは御嶽(おん)での儀式「オンプール」(収穫を神に感謝する)と集落内での儀式「ムラプール」(来年の豊作を祈願する)を行います。干立では「プリヨイ」と「アサヨイ」と呼ばれています。私が訪れた日は「アサヨイ」の日でした。集落内では朝から祭で使う大縄を青年会が編んでいます。この大綱を使った綱引きで、来年の年を占うのです。この綱引きの時はその場にいる観光客もみんなが参加してよいことになっているのです。綱引きは沖縄本島でも見られ、ここ八重山でも石垣四箇字の豊年祭、西表の干立・祖内などいろんなところで見られます。他豊年祭でハーリー(船漕ぎ神事)を行うところや、ニロー神のアカマタ・クロマタを奉るところなど3種類ほどの形式があるようです。アサヨイは午後三時から御嶽での神事が始まり、六時には元家(御嶽創始者の家)での神事が始まり謡や供物や酒の奉納を行います。延々と謡われる神への感謝と祈願の謡は、徐々に暗くなる西表の熱帯の森の中に溶け込んでいきました。すっかりあたりは暗くなり、闇夜にオオコウモリが舞いフクロウの声が聞えるころツカサ(神女)たちが神様を連れて集落の中心にやってきます。人々はガーリを行い神を呼ぶ喜びを全身で表現します。子ども会の子供みこしの奉納が行われ、いよいよ大綱引きが始まります。まず、二つに分かれた雄綱と雌綱を結ぶ儀式が始まります。村のアンマー(お母さん)が棒を持って、二つの綱を引き寄せます。引き寄せた綱の先にある輪を絡ませ、それに棒を差し込むのです。豊穣の行為を意味するようです。しっかり結ばれた綱の上を綱の両側から、人々が担ぐ種籾を持った神様の乗った板と、それを受け取る人が乗った板が中央で向かい合い、神からこの一年の種籾が授けられます。どちらも小さな子供たちが大役をこなし、ほほえましい光景でした。そしていよいよ綱を引いてこの一年を占います。西が勝つと豊作になると言われなるべく西が勝つようにしていたようですが、最近は農業を主に行う人が減りどちらが勝ってもよいように決められているようです。干立では豊作と子孫繁栄が占いの対象のようでした。私は子孫繁栄側でした。ここ何年かこちら側は勝っていないので、がんばってほしいと発破をかけられやる気満々、汗だくだくでがんばりました。来年はきっと子供たちが増えていることでしょう・・・(謎)


2003/07/18 (金)

ビバ!八重山!
ひさびさにやってきました八重山です。今日も暑いです。青い空と入道雲、色鮮やかな花々・・・。しかし私は環境の激変にちょっとぐったり。(泣)でも明日は西表は古見の豊年祭です。ぐったりしてる場合じゃありません。初めていく豊年祭なので、すっごく楽しみです。昨夜は友人の紹介で小浜島の女性とお話したりして、ぐったりしつつも充実しています。




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Last Update : 2010/04/20 00:24:30